光通信の株価暴落は、すぐに他のネット企業にも波及した。ソフトバンクをはじめとしたネット企業は、一転して奈落の底に突き落とされることになる。これが、ネットバブル崩壊の瞬間だ。この影響を受けたのは、高い株価に酔っていたネット企業ばかりではない。投資家、証券会社、銀行、ベンチャーキャピタル、取引先といった、当時ネットバブルに群がっていた関係者すべてが大きな痛手をこうむった。そしてもう一つ、株式公開を予定していたネット企業の予備軍も、逆風にさらされることになる。ネットバブルが崩壊する以前は、「赤字でもいいから株式公開してほしい」と歓迎ムードだったのが、一転して「株式を公開するには黒字が前提だ」という雰囲気に変わったからだ。
私たち自身、はじめは日本の情報はほとんどが日本語で書かれていて、したがって日本のなかだけで流通している、日本のなかで閉じているという感覚をもっていました。しかし、こうして日本語の情報がインターネットの上に流れるようになってみると、あるときから日本語の情報に対する反応が、世界巾から、しかも片言の日本語で寄せられるようになってきました。この広がりを見ていると、コンピュータ・ネットワークと言語の関係を考えさせられます。コンピュータ・ネットワークでは、世界の言語―言語というよりは「文字」といったほうが正確ですが―が大きく二つに分けてあつかわれています。やや話が技術的になりますが、欧米の数字やアルファベットと、それ以外の文字という二つのグループです。
インターネットと広告は、言うまでもなく切っても切れない関係にある。「情報は有料」であれば、コンテンツで収益を上げることができるであろうが、現実にはそれはきわめてむずかしい。違法に流通するコンテンツも含め、インターネットは「情報は無料」を原則としており、無料で情報を提供しつつ、その中で収益を上げようとすると、広告掲載で利益を稼ぐ、古くからある「民放モデル」が、最も手っ取り早いビジネスモデルとならざるを得ない。例外はアップルのiTunesStoreであろう。楽曲の違法コピーに頭を抱えていた音楽業界と、そうした楽曲を聴いている消費者の後ろめたさとを、「低価格販売」という形で一気に問題解決してみせた。